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異星人の再来・3 [古代の宇宙人]

1993年に出版された「エデンの神々」という本の中でウィリアム・ブラムリー氏は、人類の歴史上の大惨事は地球外生命体が重要な役割を果たし、戦争によって人類の人口増加をコントロールしているという理論を説いた。

ブラムリー氏の主張に疑問をいだく人は多いが、賛同出来る点もある。それは、戦時中はUFO目撃件数が急増するということである。

戦時中は様々な文明が対立し、衝突しあうあまり、文明自体が消滅するのではないかと思えることがある。そんな時、突然にUFOが現れるのである。

懐疑論者や歴史家は、このような目撃を戦時下のストレスによる見間違いだと指摘する。だが、UFOの存在を信じる人達は、無視できない確固たる証拠があると主張する。

1939年に第二次世界大戦が勃発すると、ドイツの上空で未確認飛行物体を目撃したという報告が、数多く寄せられるようになった。UFOという言葉はまだなじみが無く、連合軍はこうした飛行物体をボギーと呼び、ナチスの新型戦闘機だと信じていた。

だが、ドイツ空軍が初めて実用ジェット戦闘機を導入したのは、1943年になってからであった。ドイツ軍が高度なロケット技術を持っていたことは確かであり、ナチスがUFO技術を駆使して航空機を製造しているというウワサは、ずいぶん前から連合軍の間ではあったという。
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連合軍のパイロットが目撃したモノは、一体何だったのだろうか。1940年代。アメリカ軍の爆撃機の大群がドイツの町を焼き払った時、パイロットたちは自分達に向かってくる正体不明の火の球を見たという。

最初はこれをドイツ軍の秘密兵器だと思い、これをフ―・ファイター(炎の戦闘機)と呼んだ。ドイツと西ヨーロッパの広い範囲でそれは目撃され、形のある航空機だったり、単なる火の玉だったりと様々であった。

目撃情報は数百に登り、軍は調査を開始した。ほとんど攻撃性は無かったが、それは至る所で見られた。奇妙なことにフ―ファイターが出現すると、連合軍の航空機に故障が発生するという事故が相次いだ。

また、その物体に突撃しようとすると、すり抜けてしまうというミステリアスな報告も数件あった。フ―ファイターの実体や出所については、遂に解明されることは無かった。

現在もなお研究中である水銀を使った反重力装置を、当時のナチスはすでに開発していたと語るのは、作家のデビッド・チルドレス氏である。
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『電球のような閉鎖されたシステムの中に、水銀を設置するのです。この閉鎖システムの中でジャイロスコープを使って水銀を回転させると、全体を浮上させることが出来るのです。そして同時に、とても明るくなるのです。

第二次世界大戦終盤になると、ドイツは大量の水銀を生産しはじめました。その後多くのUボートが沈没しましたが、シンガポールやノルウェーで最近見つかった沈没したUボートの積み荷は、すべてが水銀だったといいます。

真相は分かっていませんが、フーファイターの正体は、水銀のプラズマ球体だと指摘する歴史家もいます』

フーファイターが地球外生命体の技術で作られたモノなら、ドイツ人はどのようにその技術を手に入れたのだろうか。

1936年、ドイツのシュバルツバルトで未確認飛行物体の墜落があった。ドイツの科学者がこれを修理し、エネルギーや推進システムをテストしたというウワサが、ずっとささやかれてきた。

NASAのエンジニア、ロバート・フリスビー氏が語る。

『第二次世界大戦末期、アメリカ政府はペーパークリップ作戦と呼ばれる計画を実施します。そこで連合軍は、ドイツ軍の恐るべき技術力を見せつけられました。ジェットエンジン、航空機、ロケットエンジンなどの驚くべき優れた技術です。
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ペーパークリップ作戦の戦利品には、ドイツからアメリカまで届く程の飛距離を持つ、多段ロケットがありました。さらには、ベーシックな円形をした宇宙ステーションの計画もありました。
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ここに巨大な日光収集装置を作り、太陽光を集めて地球を照らして殺人光線として利用するというもので、これらは皆フォン・ブラウンのチームが設計中だったものです。

このチームからは奇想天外なアイデアが次々と生まれ、アメリカにとっては非常に重要な切り札となりました。人類を月へと導いたサターン5号も、最終的にはフォン・ブラウンが構築したのです』

ロサンゼルス空襲(1942年明け方の円盤射撃事件のこと)と同様、フーファイターの一件も、歴史家たちからは相手にされないことが多い。

しかし、終戦の2年後に起きた事件は、UFO懐疑論者をも唸らせるものであった。本当に異星人が存在し、彼等の宇宙船が地球に墜落したら・・・
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アメリカ政府は、地球上に空飛ぶ円盤が現れたという報告を、これまで明確に否定して来た。だが、1947年7月8日のUFO目撃事件は、政府が否定できない理由があった。アメリカ陸軍が事件の当事者だったからである。

ある夜、激しい雷雨があった。翌朝、農場の主人は被害状況を確認しようとして、何かの残骸のようなモノが大量に散らばっているのを見つけ、地元の保安官事務所へ届けた。
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当時、ロズウェルには陸軍航空基地があり、保安官から連絡を受けた軍は、J・マーセル少佐を現場へ派遣した。そして、見つかった残骸は、一つ残らず軍によって回収された。

当初、陸軍当局は物体の残骸を回収した事実を、翌週になるまで公表しなかった。陸軍は事件をすぐに公にしようとせず、事件の時系列も不透明にしてしまった。
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一番大きく取り上げられたのは1947年7月8日の新聞で、空飛ぶ円盤の回収を発表したウォルター・ハウト中尉が、大佐の指示で残骸をフォートワース司令部へ届けたという報道であった。

これは、アメリカの軍隊が初めて墜落した円盤の回収を認めたという記事であった。軍が認めたということで、世間が一気に沸いたのである。しかしその翌日、気象観測用気球だったと、前言を撤回する。それが、史上最大のUFO事件隠ぺい工作の始まりであった。

陸軍は最初、回収した残骸を空飛ぶ円盤だったと認めたのに、24時間も経たないうちに前言を撤回したのはなぜだろうか。大佐もレイミー准将も気球を支持したが、ハウト中尉だけは、回収したのは空飛ぶ円盤だったことを生涯貫いた。
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マーセル少佐が残骸をフォートワース司令部へ届けた時、レイミー准将が墜落機は気象観測用気球だったと説明するための記者会見を開いたときの写真がある。最近、その時のレイミー准将が持っているメモを拡大して、内容を読み取った研究家がいるという。
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メモには、「フォートワース」「墜落した機体から犠牲者」などといった内容が読み取れている。近年の技術進歩によって、このメモがいずれ解読され、事件の真相に迫れるかもしれない。
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UFO研究家のボブ・ウッド氏が、1996年にある内部文書を手に入れた。この文書にはアメリカ軍関係組織の名前があり、1947年7月22日付けで陸軍省のスタンプが押されている。

これによると、「コロナとロズウェルの間にあるマックブレーデルの農場付近、つまり墜落現場からそう遠くない場所にも死体があり、まるで解剖されたカエルのようで、とても衝撃的だった」という報告が書かれている。

この内容だけでは、死体が人間なのか、人間ではないのかは解らない。ただ、この報告内容から考えて、普通ではない何かがあったことは想像がつく。

このような内部文書が見つかったことは、アメリカ政府が1990年代の終わりには地球外生命体の存在をすべて承知していて、半世紀近く国民に隠してきたという疑惑を抱かせるのに、十分な証拠ではあるまいか。(つづく)


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有名なロズウェル事件では、異星人の死体数体と、まだ息のある異星人も回収されたという。これ以降、アメリカ政府と異星人との間で、何かの取引が始まったとされている。
参考;元帥・・・准将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉・・・二等兵

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