So-net無料ブログ作成
宇宙人11/ナスカの地上絵 ブログトップ
前の2件 | -

ナスカの地上絵・1 [宇宙人11/ナスカの地上絵]

1927年、ペルー南部。荒涼としたナスカ砂漠の丘陵を歩いていた考古学者のトリビオ・メヒア・へスぺは、地表に刻まれた巨大な道路網のようなものを発見した。数年後にこの地域の上空を飛行機が飛ぶようになると、近くに100を超える図形が描かれていたことが判明する。

動物や花、そして人のようにも見える不思議な生物をかたどったモノだ。およそ500平方キロメートルに渡って点在するこうした線や図形は、「ナスカの地上絵」と呼ばれる様になる。

IMG_1900.jpg
作家のニック・レッドファン氏が語る。
『ここでは800本以上の直線に、70体あまりの動物、150を超える幾何学図形が見られますが、何より驚くのはその大きさで、上空からでないと絵を確認できません。
IMG_1901.jpg
錯綜する直線は、砂漠に作られた滑走路のようにも見えます。地上絵には今だ解明されていない謎が数多くありますが、今後も謎は残り続けることでしょう』
IMG_1903.jpg
    (長さが、アメフトコート三つ分ある地上絵)

絵は最大の物が全長約300メートルで、アメリカンフットボールコート3枚分に相当する。最も長い直線は、およそ15キロもある。考古学会では、こうした謎の地上絵が、紀元1世紀から8世紀にかけて栄えた古代の民族、ナスカの人々によって作られたと考えられている。
IMG_1904.jpg
 (模型による説明:表面の砂利を除くと、下は白い土壌)

絵は、地表を覆う酸化鉄の含まれた砂利を取り除くことで描かれている。石灰質に富んだ下の土壌が、野ざらしになることで強度を増し、風化を免れた。

IMG_1905.jpg
       (現地の土壌の様子)

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『今も地上絵が残る理由は、ここの気候にあります。今でも地上絵を描けば、数百年は残ることでしょう。ほとんど雨が降らず風も吹かないこの地では、作った物が永遠に残るのです』

なぜ、大地に巨大な絵を描こうと思ったのだろうか。どんな目的があったのだろう。そして、なぜ空からでないと見えない絵を、描こうと思ったのか。この時代に飛行機は、まだ存在すらしていない。空中に浮かなければ、地上絵は見られないのである。

ジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『ナスカ平原に住んだ人々が大地に描いた地上絵を見ることが出来たのは、気球飛行のような技術を持っていたからではないかと、これまでずっと言われてきました。もしナスカ人が気球で空を飛ぶことが出来たならば、侵攻してきたスペイン人たちがきっと記録に残したはずですが、熱気球があったなどと言う記述は一切見つかってはいないのです。記録が無いのは、存在しなかったからでしょう』

前出のフィリップ・コパンス氏が続ける。
『地上絵にまつわる不思議の一つが、ナスカにだけ非常に高度な技術が存在したと思われることです。一見すると、表面の砂利の層を除けるだけですから簡単にできそうに思えるのですが、これ程大きな絵となると複雑な工程が必要になります』

IMG_1910.jpg
作家のデビッド・チルドレス氏が語る。
『直線の多くが何キロにも及ぶ長いもので、誤差もほとんどありません。台形やらせん、その他様々な図形がここには描かれていますが、どれも空の上にいる測量士から指示を受けなければ描けないほどに、大きなものです。ですから、宇宙人かどうかは分りませんが、ナスカの地上絵作りには、空を飛べる者がきっと関わっていたはずです』

ジャーナリストのリンダ・ハウ女史が語る。
『1987年に1か月間ペルーに滞在した際に、ナスカ上空を飛びました。最初に目指した地上絵は、全長が9キロにも及ぶ長い三角形でした。この形はレーザー測量の結果、非常に精度が高いことが判っています。
IMG_1909.jpg
三角の部分は押し固められたのか、地面が60センチほど沈んでいる様にも見えます。9キロにも及ぶ完全な形の三角形を、一体どうやってナスカの砂漠に刻みつけたのでしょうか。どんなテクノロジーがあったのでしょうか。足で踏みつけて、できることではありません』

空を飛ぶ乗り物も高度な道具も持たないナスカの人々は、いったいどのようにして巨大な地上絵を作ったのだろうか。古代宇宙飛行士説で言われるように、別世界の者の力を借りていたのだろうか。

作家のマイケル・バラ氏は、このように考える。
『上空から見ることでしか確認できない絵は、神がここに居た時代に、目印として使われていたものと考えられます。このような目印を必要としたということは、神は実際に空飛ぶ乗り物に乗って来ていたのではないでしょうか』

ナスカの地上絵は、天界の者が空を飛ぶときの目印だったのだろうか。あるいは、遥か昔に起こった地球外生命体との遭遇を記念するために、描かれていたのだろうか。

専門家の間では、ナスカ人はコロンブスが訪れる前のアメリカ大陸に栄えた大帝国・インカの人々の祖先だと言われている。
IMG_1912.jpg
       (創造神ウィラコチャ)

インカ帝国は13世紀に南米のアンデス一帯を征服し、繁栄を誇っていた。その言い伝えによると、遠い昔に創造神ウィラコチャが、ナスカの地上絵を描くよう命じたと言う。

前出のフィリップ・コパンス氏が語る。
『地上絵を描かせたウィラコチャはアンデスに住み、知識を授けた神です。この神がどこから来たのかは、解っていません。シュメールから来たアヌンナキと、何らかのつながりを持つ神かもしれません。偉大な神が現れる神話は世界中にありますが、特に多いのがアメリカ大陸です。地上絵は創世神話を描いたもので、ここにある絵のいくつかは神を表していると言われています。あるいは、この地域に住んで地上絵を描いたナスカの人々の起源がここに表されている、という説もあります。地上絵は、天に向けてのメッセージです。神は地上に降り立ち、人々に文明を授け、戒律を与えました。その教えを今もこうして守り続けていると、この絵は伝えているのです』

IMG_1913.jpg
     (宇宙飛行士と呼ばれる地上絵)

伝説に語られる様に、ナスカの地上絵にはインカの神・ウィラコチャが関係しているのか。そうだとすれば、何の為に奇妙な絵を大地に刻んだのだろう。地上絵の中でもとりわけ謎の多い絵の中に、答えがあるのではないか。その絵は、宇宙飛行士やふくろう男と呼ばれている。
(つづく)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その昔、地球には巨人が住んでいたという伝説がある。ナスカの絵も、カルナック列石のような巨石群も巨人なら簡単に作れるに違いない。ただし、身長5メートルは必要だと思うが・・・

nice!(8) 
共通テーマ:テレビ

ナスカの地上絵・2 [宇宙人11/ナスカの地上絵]

1968年、スイス。作家のエイリッヒ・フォン・デニケンは、初めての著書となる「未来の記憶(CHARIOTS OF THE GODS)」を出版した。この本には、ナスカの地上絵を描いた人々が、先進技術と高度な数学を操る宇宙人を目撃していたという、衝撃的な仮説が記されていた。

IMG_1916.jpg
作家のジェイソン・マーテル氏は語る。
『デニケン氏は実際にナスカを上空から観察した先駆け的な人物です。平原だけでなく、丘の上に描かれた図形にも注目しました。丘の上に残った複雑な幾何学図形は、それまで誰も取り上げて来なかったのです』

IMG_1917.jpg
デニケン氏が、語る。
『ナスカの上空を飛ぶと巨大な直線が見えるのですが、これが滑走路のようにみえるんです。直線は始まりと終わりがきれいに切りそろえられ、交差しているところもあります』

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『デニケン氏は、ネットワーク状をした滑走路のような直線を、地上から見た時と空から見た時とで比較をしています。着陸する機体の重さを支える強度が無いので、これは滑走路ではありません。これは、注意を惹き付けるものではないでしょうか。地上絵は宇宙からも見えますから、標識のようなものではなかったかと思うのです』

IMG_1918.jpg
「未来の記憶」の出版から40年以上が経つが、デニケンの提唱した衝撃的な仮説がきっかけとなって、これまで様々な研究がおこなわれてきた。学者の中には、地上絵の中に精巧な図形を発見し、ナスカの地上絵は初めて幾何学が適用されたケースだと提唱する者もいる。

IMG_1920.jpg
作家のマイケル・バラ氏は語る。
『ナスカ平原に描かれた地上絵の中には、面白いことに、天体と関係していると思われるものがあります。有名な蜘蛛の絵がありますが、足が一本だけ長く伸びています。絵を鏡写しの状態にしてみると、この蜘蛛の形はオリオン座を表していることが判ります。そして、長く伸びた足は、シリウスを指していたのです。この蜘蛛の絵を描いた人々は、ナスカより古い時代の文明と同じ概念を持っていたのでしょう。それはオリオン座とシリウスが、地球にとって特に重要な星であるという概念です』

地上絵には、さらに重要な役割があったとは考えられないか。古代宇宙飛行士説を唱える者の中には、これを神に送るメッセージと考える者がいる。神が地上へ戻るよう、願って描いたものだというのだ。

IMG_1921.jpg
作家のデビッド・チルドレス氏は、宇宙飛行士とも呼ばれる地上絵を、ナスカの謎を解く手がかりがあると考え、次のように語っている。
『ヘルメットか何かをかぶり、片方の手をあげて振っている。天空の神は、こんな姿なのかもしれませんね。あるいは、これはナスカの人々を表したものかもしれません。空の神に手を振って、「私達はここにいます。またここに下りてきてください」と、言っているのです』

古代宇宙人の専門誌を発行するジョルジョ・ツォカロス氏は、このように語る。
『これは、大きな目と大きな頭を持った地球外生命体の姿なのでしょうか。一方の手で天を、もう一方で地面を指していますが、まるで天の者が訪れるという重要な出来事が、この場所で起こったとでも語っているかのようです』

宇宙飛行士の地上絵は、遠い昔に宇宙人が地球を訪れた証なのだろうか。だとすれば、宇宙人がナスカを着陸地点として選んだ理由も、ここに示されているのではないだろうか。

デニケン氏は語る。
『ドレスデンの大学が、ナスカの調査をしたことがありました。ここの地場を測定した結果、いくつかの線の下では、磁場が変化していることが判りました。また、線の上とそのすぐわきで、電気伝導率を測っています。これは電気の通り易さを表す数値ですが、線の引かれた場所の伝導率は八千倍も高いことが判りました。ある線の下では、深さおよそ2.5メートルの地中で、磁場が明らかに変化しています。この下には何かがあるはずですが、それが何かは分りません』

地中にある何かが、地球外生命体をナスカに引き寄せたのではないか。貴金属か、あるいはロケット燃料の原料となる鉱物を、ここで採掘していたとは考えられないか。

前出の作家のジェイソン・マーテル氏が語る。
『宇宙人の着陸地としてナスカは理想的と言われ続けてきました。推進剤に使われる硝酸塩などの物質が豊富にありますから、補給地として注目されていたのかもしれません。宇宙人はここに戻って来られるように、地上絵を描いたのでしょう』

前出のフィリップ・コパンス氏が語る。
『ナスカ文明は硝酸塩が豊富な土地に築かれていますが、ナスカ人がこれを使うことはありませんでした。ですから、硝酸塩は先史時代にナスカを訪れた者にとって、重要なものだったとも考えられます。宇宙人文明は、何かの理由で硝酸塩を必要としていたのかもしれません。なぜなら、現代において硝酸塩は多くの工学分野で使用されて、ロケットの飛行にも関わっているからです』

宇宙人がナスカ人と接触したのは、我々の知らない偉大な存在のためではなかったか。ナスカの土地は宇宙人に利用され、その後廃墟と化したのではないだろうか。

ジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『客人は皆帰っていくものですし、どんな計画にも終わりが訪れます。遭遇事件の中には、宇宙人が別の場所へと移って行ったことで、終わったものもあったでしょう』

ナスカが古代に訪れた宇宙人の採掘場であったならば、世界各地のよく似た古代遺跡にも証拠が残されているはずだ。古代宇宙飛行士説ではそう考える。そしてその証が、何百キロも離れた別の古代文明の遺跡に存在するという。
(つづく)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
デニケン氏の「未来の記憶」は40年も前に書かれたものなので、すでに絶版になっている。古本屋で探したが、見つからなかった。一路読んでみたい。図書館にいけば、あるかな。

nice!(10) 
共通テーマ:テレビ
前の2件 | - 宇宙人11/ナスカの地上絵 ブログトップ